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hk miscellaneous notes

登山と旅行と日本酒と、あと色々雑記帳

(ネタバレあり注意)原作小説が大好きな男がエヴェレスト−神々の山嶺を見に行ってきましたよ

登山 映画

頻繁に映画を見に行くタイプではないんですが、見てきました。

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原作は夢枕獏の小説で、谷口ジローによる漫画化もされています。原作小説がすごく好きで、映画化するとどんな感じになるんでしょうねー?という期待半分その他半分で昨日鑑賞してきたので、自分が感じた感想をつらつらと。

 

いやぁ、山の映像綺麗でした。エベレストBCへ一度トレッキング行きたい!でもそんなまとめて休めないからGWあたりに北アルプスでも行こうかなぁ。それ以外のポジティブな感想は無いです。

 

 

(※以下、ネタバレ大量に含みます)

 

 

 

 

 

 

率直な感想を言うと、中途半端。

元々小説は上下巻で、阿部寛演じる羽生丈二や岡田准一演じる深町誠の人物描写が丁寧に描かれています。エベレスト山頂を目指す過程の描写も緻密でその両者が読者を引き込ませるが故に傑作小説となっているんだと個人的には思うわけですが、映画の尺の関係上、色々な部分がカットされていて、人物描写もエベレストへのアタック部分も消化不良の感が否めないです。

あと専門用語がやたら出てくる割には説明不足。鬼スラっていきなり言われてもわからんでしょう。野球オタなら鬼スライダーだと思うんだろうか。

 

 

【原作とのストーリーの違い】

グランドジョラスでの羽生の手記に関する部分は丸々カット!「きしよ。きしよう。」も無いです。なので、岸文太郎を死なせてしまった事への羽生の心の内面は描かれておらず、羽生が人の気持ちを全く考えられないクズ扱いです。まぁ表面的には合ってますけど。ていうかその手記を岸涼子が読んで羽生の岸文太郎への気持ちを知ったから付き合う事になったんじゃ?

 

深町がカメラを手に入れてからのストーリーも大きく違います。

映画では店主からカメラを買った直後に店にアン・ツェリンと羽生(映画ではビカール・サンではなくビサル・サルパという名前)が来てシェルパの仏具を盗むのが云々というくだりになって、その時に深町が買ったカメラもアン・ツェリンが持って行ってしまう、という流れ。

その後カメラに関する描写は無し。深町がホテルからカメラを盗まれることも無ければ、岸涼子が誘拐されることも無いし、カメラをめぐって羽生の妻のドゥマが襲われることも無し。ナラダール・ラセンドラも出てきません。最後まで深町の元にカメラは戻らずじまい。

 

 エベレストへのアタックシーンは、映像が綺麗なことを除いて端折り過ぎ。深町が何の苦労もなく軍艦岩まで登っています。エベレストの過酷さが全く伝わってこない。谷川岳の方がよっぽどハードに見えた。食事シーンも無し。せめてハチミツの入った紅茶を飲むシーンは入れて欲しかった。

「結局、ノーマルルートで登頂をするということか…」の深町のセリフも無しです。

 

ネパールからの帰国後の深町の行動も、「日本じゃ大変なことになってるぜ」とはなっておらず、宮川の出版社に執筆することもカメラの公表もしていません(カメラが手元にないのでそりゃ無理か)。当然岸文太郎の死の真相もメディアに公表されません。あと岸涼子と深町は付き合って無いです。

 

深町が無酸素単独でエベレストに挑む部分も色々違っています。岸涼子は深町と付き合っていないけど何故かBCまでついてきています。大きく違うのはルート。原作ではチベットルートですが、映画はネパールルートの南東稜ノーマルコース。でもノーマルコースという説明は一切無し。山を知らない人が映画を見ると羽生の辿ったルートとの違いはきっとわかりません。羽生とマロリーの遺体を深町が見つけて、羽生の幻(?)からマロリーのザックの中にフィルムがあると教えられるも「もうどうでもいいんだ」とか言って深町はフィルムを持って帰りません。本当お前何しに来たの?って感じです。現代の史実に合わせようとするんであれば、せめて文庫版のストーリーに合わせれば良かったのに。

 

【人物描写】

羽生は結構いい感じでした。猛々しいオーラのようなものは出ていたんじゃないかと。阿部寛の役者としての力量なのでしょうか。ただ、グランドジョラスのシーンがあまりにもあっさりし過ぎ。先にも書いたように手記がカットされているので、羽生の内面があまり描かれず嫌な奴にしか見えないのが残念。

 

深町は色々と違和感あり。個人的には一番残念なキャラだ。「借金してまで来たから金が必要だ」「金を貸してくれ」等ゲスなセリフが多い。こんなクズキャラじゃないだろ。決して岡田准一の演技が悪いというわけでは無いです。脚本の問題。

ちなみに深町の元カノの加代子は出てこないので、深町の加代子への想い等は何もないしそれ以外の悶々とした心理描写もゼロ。なので深町が物語を通じて変わっていくのも伝わらないし、故に行動に一貫性が無いようにしか見えない。

あと、深町の登攀スキル高すぎ。原作では相当苦労して登っていたのに。実際に深町の登山技術に関する描写がなく、羽生と同じくらいのスーパーマンみたいな扱いに見えちゃいます。でも最後の単独行で途中で無線放り出しちゃったり、バラクラバもつけずに8,000mまで行ったりゴーグルとビーニー脱ぎ捨ててBCまで戻ってきたり行動が支離滅裂。そんなことしたら目が見えなくなるし凍傷で鼻と耳もげますよ。

 

岸涼子は後半が微妙。深町と付き合っていないのならBC行く必要ないでしょ。山に向かって「どれだけの人の命を奪えば気がすむの」的な事を言ってるのは完全に不要。原作ではそんなこと一言もいってない。完全にキャラが違う。というか山は何もしてません。人間が勝手に登って勝手に死んでいるだけ。そんな戯言を持ち込むような作品ではないだろうというのは原作読めば分かると思うんですが。これも尾野真千子の演技力ではなく脚本の問題。

 

アン・ツェリンはタイガーの称号を英国より授与されているベテランシェルパでシェルパ内での最有力者。という説明は全くなされていないので、神の裁きが、とか言っている変なおじいちゃんにしか見えません。ひどい。

 

長谷はなぜか生きている設定になっています。長谷がネパールで羽生と会っていた設定は無かったことになっていました。

 

宮川はいいですね。合ってる。最近のピエール瀧は本業が役者かと思うくらいですな。

 

 

【その他気になったこと】

設定は1990年代ですが、モンベルの最新のシェルを着ていたりビーニーをかぶったりしています。

 

深町はBCまで一人で歩いていたけど、BCキャンプ用の荷物はどう運搬したんだろう?

 

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映画に対してのネガティブな感想がネット上で散見されますが、個人的には同感です。原作ファンは怒るだろうし、原作知らない人は話が理解できない。無理して映画化しなくても良かったのでは?それか思い切ってエベレストへのアタック部分だけにフォーカスするとか?

 

あ、エンディングロールの山はすごく綺麗でした。カラパタールとかから撮影したんでしょうかね?ああ、エベレストBC行きたい。